健康経営のビジネスモデル

健康経営とは、

「会社が従業員の健康増進に協力することで、従業員の満足度と会社の生産性向上(=業績アップ)を実現する」

という概念です。

会社がお金をかけて従業員の健康増進に協力することは一種の「投資」であり、その結果、従業員が元気でバリバリ仕事をしてくれて会社の業績が上がったらそれが「リターン」となる…そういう考えも成立つので、「健康経営」は「健康投資」と呼ばれることもあります。

「健康経営」や「健康投資」という言葉は

  • 特定検診(メタボ検診)
  • 特定保健指導

の制度化(2008年)を2年後に控えた2006年あたりから、ヘルスケア業界などでぽつりぽつりと使われるようになりました。

 

その後、2008年ごろから経済産業省が「健康経営」という言葉を企業社会に浸透させるべく動き始め、「社員の体や心のケアに会社が取り組んだら本当に業績が上がる」という証拠集めも懸命に行いました。

それが功を奏したか、2014年あたりから認知度向上が進み、「健康経営」という言葉そのものは、今ではかなり普及した感があります。

 

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健康経営という言葉はおそらく英語の直訳ではなく、日本流のものです。

ただしアメリカのヘルスケア業界には

  • Worksite Health(職場の健康)
  • Corporate Wellness(会社の厚生)

という用語がすでに2001年ごろには存在していました。

 

もともと、1980年代にロバート・ローゼンという経営学者が「ヘルシーカンパニー」という本を出版し、その中で

  • 従業員の健康を資本と考えよう
  • 従業員の健康増進に企業も関与すべきだ
  • それにより生産性を高め、収益向上を図ろう

という主張をしたのが始まりとされています。

 

「ヘルシーカンパニー」という言葉はあまり流行しませんでしたが、そのかわり

  • Worksite Health(職場の健康)
  • Corporate Wellness(会社の厚生)

という言葉が使われるようになりました。

 

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日米を問わず、かつての企業は社員の健康など心配していませんでした。

「健康管理は社員の自己責任である」

「自分でなんとかするだろう」

とされていたからです。

 

ところが、真面目に健康管理にいそしんでいる従業員など実際はほんの一握りで、多くの従業員は健康のことなど気にせずに好きなものを食べ、好きなものを飲み、夜更かしなどもして、万全の体調とは必ずしも言えない状態で出勤していたのが実態。

そのせいで仕事中に睡魔に襲われたり、集中力に欠けるために10分で済むような作業に1時間もかかったりと、見えないところで生産性の低下を招いていたと思われます。

 

そんな中、アメリカではロバート・ローゼンの著書に触発され、

「従業員の健康管理に会社が口を出したらほんとうに儲かるかも(生産性が上がるかも)しれない」

と考える経営者が実際に現れるようになり、1990年代・2000年代の20年間のあいだに

  • P&G
  • ヒューレット・パッカード
  • キャタピラー
  • シグナ保険

などの大企業が実証実験を行いました。

 

具体的にお金をかけて(投資して)

  • 社員食堂を改善したり
  • 社内にフィットネスジムを設置したり
  • 健康セミナーを開いたり
  • 健康診断の数値が改善した従業員にボーナスを出したり

などを試してみて、数年後に業績(生産性)が上がるかどうかを測定したのです。

 

厳密な計算方法は省略しますが、その結果、分かったことは

「Worksite Health(職場の健康)を投資と考えた場合、投資した金額の約4倍の業績向上効果がある」

ということでした(5倍だったという説もあります)。

その結果に経営者たちは驚きました。

株式を買ったって、債権を買ったって、不動産を買ったって、絵画を買ったって、数年で4倍も値上がりするようなそんな投資は滅多にないからです。

 

そうした実証実験が起爆剤の1つとなり、アメリカでは Worksite Health(職場の健康)に投資をする企業が増えました。

また、WELCOA= Wellness Council of America といった、専門のコンサルティング機関が大活躍しました。

 

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ところが、しばらくして2008年にリーマンショックが起き、アメリカでのこの動きはやや失速します。

その後、舞台は日本に移動しました。

 

リーマンショックのころに日本では前述した

  • 特定検診(メタボ検診)
  • 特定保健指導

の制度がスタートしています。

この制度は、「国民の生活習慣病予防に国家が大々的に取り組む」という意味では世界初の試みだったので、生活習慣病の蔓延に悩む

OECD各国が注目していました。

折しも「メタボリック・シンドローム」(メタボ)という流行語が誕生したこともあり、この時期、日本のヘルスケア業界は「市場が拡大するぞ」と沸いていたものです。

 

さらに

「Worksite Health(職場の健康)には約4倍の投資効果がある」

というアメリカでの情報も日本に伝わりました。

 

それ以降、

「会社にいるメタボなおじさんをスリムにするための仕組みやサービスを提案する企業」

がいくつも誕生し、

「ダラダラ働くメタボなおじさんを減らして(=健康にして)キビキビ働いてもらい、会社の業績を上げよう」

というメッセージをさかんに発信しています。

 

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さて、この「健康経営」「健康投資」という市場は、

「会社にいるメタボなおじさんを健康化するための仕組みやサービスを提案する企業」(ベンダーと呼ばれる)

が主なプレーヤーであり、

「そうした仕組みやサービスを導入して(=買って)生産性を上げたい企業」

が顧客になります。

企業間のビジネスなのでB2Bということになる。

 

では、

「会社にいるメタボなおじさんを健康化するための仕組みやサービス」

にはどのようなものがあるかというと、

  • 社員食堂のリニューアル(不健康なメニューを廃止し健康的なメニューを提供する)
  • 健康的な内容の仕出し弁当を職場に配達する
  • フィットネスのインストラクターを職場に派遣する
  • 産業医とは別に健康のアドバイザー(保健師・管理栄養士・健康運動指導士など)を職場に派遣する
  • ストレスを感じにくいオフィス環境の設計を支援する
  • 社員向け食育講座のコンテンツを提供し食育講師を派遣する
  • 通勤用の万歩計を提供する

など。

 

最近は、

  • 従業員のデータを収集し健康のアドバイスをするロボット(AI)
  • 健康意識の高い人ほどコインが貯まるような社内仮想通貨

なども考案や開発が進められているようです。

 

「健康経営」関連商品はアイデア勝負の分野でもあるため、目新しいサービスは引き続き今後も生まれてくるでしょう。

 

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前述したように

「会社にいるメタボなおじさんを健康化するための仕組みやサービスを提案する企業」

のことを「ベンダー」と呼ぶのですが、ベンダーは多種多彩です。

どれが良い、良くないという評価もありません。

目下のところ、顧客企業は

  • 話題性のあるベンダー
  • 変わった手法を持つベンダー

を選ぶことによってそのことをPRに使うことが多いようです。

 

ですが、まだ、

  • 「従業員の健康改善」「生産性の向上」という本質的な成果が出たのか出ていないのか きちんと検証しよう
  • 健康投資の ROI(投資収益率)を可視化しよう

という動きには到っていません。

  • 社内食堂をリニューアルして終わり
  • 健康仕出し弁当を導入して終わり
  • フィットネスのインストラクターと契約して終わり
  • 健康アドバイザーと契約して終わり
  • オフィス環境を改善して終わり
  • 食育講座を何回か実施して終わり
  • 万歩計を社員に配布して終わり

という状態。

言いかえると、

  • ベンダーを比較して自社に最適なところを選ぼう
  • 導入(購入)したサービスの効果を数値測定しよう

という意識はどうやらまだ育っていないようです。

 

しかしいずれはそのような段階が来ます。

したがって、今後は

  • ベンダーの優劣を評価する仕組み
  • 最適なベンダーを選ぶ「目利き」機能
  • 数値測定のメソッド
  • その数値を上げるためのコンサルティング

といったものの需要が生まれてくるのではないかと思います。


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